70代の一人暮らし、見守りサービスは必要?見守られる側の本音

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シニアの暮らし

ずいぶん前になりますが、娘が「見守りサービスを考えている」と話してくれたことがありました。その時の私は、「まだ早いよ」と、少し戸惑いながら答えたのを覚えています。

でも、その言葉を聞いたとき、ふと思い出したことがありました。

昔、実家の母に市で行っているシニア向けのごみ収集サービスを勧めたことがあります。ところが母から返ってきた言葉も、まったく同じでした。

「まだ早い」

その時、母は80歳を過ぎていました。

年齢だけではわからない、その人自身の感覚や生活の状況。本人がまだ必要ないと思っていてもそろそろ考えるべきタイミングなのかもしれないと感じました。

今回は、70代になった私自身が感じた「見守られる側」の本音と、見守りが必要になるタイミングについて考えてみたいと思います。

「まだ早い」と思う気持ち

離れて暮らす子どもが親を心配したとき、「見守りサービスは必要なのだろうか?」と実際に考えてみました。

子どもたちが遠くに住んでいたとしても、親がまだ仕事をしていたり、趣味や友人との付き合いで外出することが多かったりするなら、「まだ早い」と感じる方も多いのではないでしょうか。

実際、元気に過ごしているうちは、「見守られる」ということ自体に少し抵抗を感じることもあります。

それでも、もし体調が急変したとき、遠く離れた家族に連絡する手段はあるのでしょうか。

私は現在、アップルウォッチを使い、緊急連絡先に子どもたちを登録しています。

「まだ早い」という気持ちは今もあります。でもその一方で、少しずつ老いを認めなければならない時期に入ってきたのかな、と感じることもあります。

私がアップルウォッチを使っている理由

最近はスマートウォッチも、アップルウォッチだけではなく、さまざまなメーカーから出ています。同じような機能があるのか、私が使っているものとは何が違うのかも気になるところです。

実際、私が使っているアップルウォッチには転倒検知機能があります。以前、「転びましたか?」と表示されて驚いたことがありました。その時は「転んでいません」と返事をしたのですが、「ちゃんと見てくれているんだな」と少し安心したことを覚えています。

また、緊急SOSには子どもたちを登録しているので、何かあった時に連絡が取れる安心感もあります。

それでも、体調が急変した時のことを考えると、不安になることがあります。

連絡がついたとしても、遠くに住む子どもたちがすぐに駆けつけられるとは限りません。

そんな時、見守りサービスにはどんな役割があるのでしょうか。

先日、ごみ出しに行った時、散歩中の知人と少し立ち話をしました。

ほんの短い会話でしたが、「今日も元気そうだね」と言葉を交わせる関係は、もしかすると見守りの一つなのかもしれません。

サービスだけに頼るのではなく、こうした小さなつながりも大切にしながら考えていきたいと思っています。

見守りは年齢では決められない

見守りが必要になる時期は、人それぞれ違うため、年齢だけで決められるものではないと思っています。

一人暮らしであっても、仕事を続けていたり、趣味や地域活動に積極的に参加していたりする方もいます。反対に、家にいる時間が増え、人との関わりが少なくなっている方もいるでしょう。

では、親の見守りを始める基準とは何なのでしょうか。

私は、体調や日常生活の変化に目を向けることが大切だと思います。

高齢者本人は「まだ大丈夫」と思っていても、子どもから見ると今までとは違う変化に気づくことがあります。

例えば、

  • 物忘れが増えた
  • 同じ話を何度も繰り返す
  • 歩く速度が遅くなった
  • 信号が変わる前に横断歩道を渡り切れなくなった
  • 外出する機会が減った

そんな小さな変化が見え始めた時が、見守りについて考えるタイミングなのかもしれません。

私自身、一度ひどい腰痛で動けなくなったことがあります。

その時は、「もし一人暮らしだったらどうなっていただろう」と不安になりました。普段は元気だと思っていても、体調はある日突然変わることがあります。

また、高齢者は家の中で転倒することも少なくないと言われています。

私の場合、「転びそうになったことが何度も続くようになったら、見守りについて真剣に考える時期かもしれない」と感じています。

見守りは、年齢で決めるものではなく、その人の暮らし方や身体の変化に合わせて考えていくものなのだと思います。

見守りを始めることは、「もう一人では暮らせない」という意味ではありません。安心して今までの生活を続けるための備えの一つなのかもしれません。

もしもの時に、備えて安心。安心米

見守りはサービスだけではない

一人暮らしの魅力は、何と言っても自由なことです。

好きな時間に寝て、食べたい時にご飯やおやつを食べる。ジムに行ったり、友人に会ったり、自分のペースで生活できます。

だからこそ、「見守り」と聞くと、少し窮屈なイメージを持つ方もいるかもしれません。

例えば、24時間電気の使用がないと家族に連絡が入るサービスがあります。

「まるで監視されているみたい」と感じることもありますが、もし家の中で倒れてしまった時に気づいてもらえると思うと、安心につながる面もあります。

見守りは、必ずしも機械やサービスだけではないのかもしれません。

以前、生協の宅配について調べた時、見守り活動にも取り組んでいることを知り驚きました。

週に一度の宅配で顔を合わせることも、立派な見守りになるのでしょう。ほんの少し言葉を交わすだけでも、お互いの様子がわかります。

私自身、ごみ出しの時に近所の方と立ち話をすることがあります。

また、生協の配達員さんと顔を合わせる機会もあります。

そんな日常の小さなつながりの中で、「見守られている」というよりも、「自然に気にかけてもらっている」と感じることがあります。

見守りとは特別なものではなく、人とのつながりの延長線上にあるものなのかもしれません。

まとめ:見守りも考えつつ生活を

一人暮らしの良さは、何と言っても自由なことです。

夜は好きな時間に眠り、朝も自分のペースで起きる。食事の時間も過ごし方も自由です。

その反面、不安があるとしたら、体調を崩して動けなくなった時に誰かに助けてもらえるのだろうか、ということです。

実は先週の土日、珍しく体調を崩し、吐き気もあって二日間ほど寝て過ごしました。

今回は自分で対処することができましたが、次も同じように何とかできるとは限りません。

そんな時、誰に連絡すれば良いのか、どうやって助けを求めれば良いのかを改めて考えさせられました。

仕事をしていれば、出勤しなかった時に職場から緊急連絡先へ連絡が入ることもあるでしょう。

しかし、一人でいる時や一人旅の途中で体調に異変が起きたらと思うと、不安がないわけではありません。

だからこそ、見守りサービスや緊急連絡の方法について考えておくことも大切なのだと思います。

同時に、普段のごみ出しや回覧板を回す時のちょっとした会話、ご近所や知人との何気ないつながりも大切にしていきたいと感じています。

見守りは、特別なサービスだけではなく、人とのつながりの中にもあるのかもしれません。

これからも社会との関わりを大切にしながら、自分に合った見守りの方法を考え、安心して暮らせるよう生活を見直していきたいと思います。

まだ早いと思う気持ちと、備えておきたい気持ち。その両方を抱えながら、これからの暮らしを考えていきたいと思います。

母の「まだ早い」という言葉を思い返すと、ごみ出しに行くことや近所の方との何気ない会話も、母にとっては暮らしの一部であり、生きがいの一つだったのかもしれません。

今になって、その気持ちが少しわかるような気がしています。

まだ母の年齢には達していませんが、年を重ねたことで、母の気持ちが少しだけわかるようになったのかもしれません。

lalgo

このブログでは、70歳からの暮らしや一人旅の体験、日々の生活で感じたことを中心に書いています。
同じ世代の方や、これからシニア世代を迎える方の参考になればうれしいです。

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