40年ぶりとも言われる大雪の冬。
一人暮らしの私にとって、雪かきや寒さは決して楽なものではありませんでした。
それでも、玄関前のビオラや、啓蟄を迎える自然の変化に目を向けると、
「冬来たりなば、春遠からじ」という言葉が、
少しずつ現実味を帯びて感じられるようになりました。
厳しい冬の中で見つけた、小さな春の気配を綴ります。
冬来たりなば

今年は40年ぶりともいわれる大雪でした。
一人暮らしの私にとって、雪かきは想像以上に大変な作業です。
重たい雪を前に、「いつまで続くのだろう」と不安になる日もありました。
それでも、ただ寒さや雪を嘆くだけではなく、
「この冬を乗り越えた先には、きっと春が来る」
そんな思いが心のどこかにありました。
冬来たりなば、春遠からじ
「冬来たりなば、春遠からじ」
私はずっと、この言葉を日本のことわざだと思っていました。
ところが調べてみると、
イギリスの詩人シェリーの『西風に寄せる歌』の一節であることを知りました。
意味は、
「辛い時期を耐え忍べば、やがて幸せな時が訪れる」 というもの。
春を待ちわびる気持ちは、日本だけのものではないのですね。
国や時代が違っても、人の思いは同じなのだと感じました。
当たり前だと思っていたこと
『会いたい時に、会いたい人に会える。』
コロナが流行する前までは、
それが当たり前のことだと思っていました。
けれど、感染が広がった今、
会いたくても子どもや孫に会えない日々が続いています。
距離を置くことが大切だと分かっていても、
寂しさを感じずにはいられません。
だからこそ、
何気ない日常や、人と会える時間の尊さを
以前よりも強く感じるようになりました。
一日も早くコロナが収束し、
また安心して、誰とでも会える日常が戻ってくることを願っています。
玄関前のビオラ

玄関前のプランターに植えたビオラ。
雪が降る寒い日が続く中、しおれてしまったように見えることもありましたが、それでも健気に花を咲かせています。
今年の寒さは例年になく厳しく、正直なところ少し心配もしました。
けれど、雪が溶けた今、ビオラは少しずつ株を大きくし、やがて植木鉢いっぱいに花を咲かせてくれるはずです。
そのために欠かせないのが、花がら摘み。
咲き終わった花をそのままにせず、花の茎から丁寧に摘み取ります。
これは見た目を整えるだけでなく、株を弱らせないためにも大切な作業です。

小さな手入れを続けることで、
春にはプランターいっぱいに広がる花の景色が見られる。
そう思いながら、寒い時期の作業も楽しんでいます。
啓蟄(けいちつ)

啓蟄(けいちつ)とは、春の暖かさに誘われて、
土の中で冬ごもりしていた虫たちが目を覚まし、動き始める頃のことです。
今年の啓蟄は、3月5日から3月19日だそうです。
昨年、娘の家で鳴いていた鈴虫を分けてもらいました。
玄関先に置いた虫かごの土の中には、鈴虫の卵があります。
その卵たちが孵化し、元気に育てば、
きっと今年も涼やかな声で鳴いてくれることでしょう。
リーン、リーンと、鈴の音のように響く可愛らしい鳴き声。
その音を思い浮かべながら、
本格的な春の訪れを心待ちにしています。
まとめ:春はもうそこまで来ている?

日差しや風、鳥の声からも、
少しずつ春の気配を感じるようになりました。
梅が咲く頃になると、庭の梅の木にはウグイスがやって来て、
「ホーホケキョ」と、春を告げる声を聞かせてくれます。
ふと空を見上げると、青空に浮かぶ雲。
日中は、ずいぶん暖かくなりました。
暖かいと、不思議と気持ちまで明るくなりますね。
まだ肌寒い日もありますが、
コートを一枚羽織って、春を探しに出かけてみませんか。
あぜ道や足元の草花、小さな変化の中に、
春はもう、そっと姿を現しているのかもしれません。


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